中国政府は多くの政治犯を刑務所に入れています。そして東トルキスタン独立運動家や人権活動家たちを中国政府はテロリストとして世界に宣伝しています。
政治犯とされた人々は、家族にも知らされることなく突然殺されたり行方不明になるなど、とても悲惨な状況におかれています。
東トルキスタンには数多くの勇気ある人々がいました。それらの人々は現在まで厳しい弾圧を受け続けています。
1990年4月5日、アクト県バレン郷においてテュルク系イスラム教徒1万が蜂起し、東トルキスタン共和国の樹立を宣言。これを中国政府は「反革命武装暴乱」として空軍を使い鎮圧。バレン郷事件では多くの人々が行方不明になったり、虐待や拷問を受けて殺害されました。
1995年、ホータンでイスラム共和国樹立を標榜する大規模な独立運動が展開されましたが、これも中国政府が徹底的に取り締り多くの人が刑務所に入れられました。
刑務所に投獄された人々は、次々に苛烈な拷問と虐待を受けました。
1997年2月5日、グルジャ市で残虐な惨劇が発生しました。中国政府への非暴力デモに参加した若いウイグル人を逮捕し、大勢の男女をマイナス20度以下の刑務所の大きなホールに入れて、服を脱がせ冷たい水をかけて凍死させました。残りのウイグル人は銃と拷問で殺害されました。
2004年4月、世界各国のウイグル人組織を統括する世界ウイグル会議が誕生します…
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北京オリンピックをきっかけに中国の人権問題についての抗議が世界中で活発化します…
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